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訃報


真島茂樹さんの突然の訃報にショックを受けています。マツケンサンバ2の振り付けは多くの人に愛されていて、彼の作品がこれからも後世に残ることを願っています。

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2024年5月23日11時40分

松平健のヒット曲「マツケンサンバ2」の振り付けを担当した振付師でダンサーの真島茂樹(まじま・しげき)さんが22日に亡くなったことが23日、分かった。77歳だった。死因などは現在のところ不明で、通夜・告別式なども未定。

関係者などによると、22日に都内の自宅を訪ねた知人が、真島さんが倒れているところを発見。病院に緊急搬送されたが、搬送先の病院で死亡が確認された。

真島さんは、高校卒業後、1972年に「日劇ダンシングチーム」入団。トップダンサーとして活躍したが、劇場が閉館するとともに、チームは解散。その後、ダンス講師やミュージカル等に出演し活躍する。2004年に振り付けを担当した「マツケンサンバII」がヒットすると、松平とともに人気者になった。

真島さんは、最近まで元気に松平のコンサートなに出演していた。今月8日には、関係者と誕生日会を開いていたという。25日には、京都で開催される「マツケンサンバコンサート2024」にゲスト出演する予定だった。

◆真島茂樹(まじま・しげき)。1947年3月22日、栃木県宇都宮市生まれ。中学卒業後に上京、高校に通いながら東宝芸能学校舞踏科でクラシックバレエ、声楽などを学ぶ。卒業後に日劇ダンシングチーム入団、異例の早さでトップダンサーに。主な舞台出演「ラ・カージュ・オ・フォール」「王様と私」「屋根の上のヴァイオリン弾き」。主な振付「マツケンサンバ2」「プリキュア(映画)」「ドラえもん音頭」。

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202405230000270.html

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中尾彬さんのご逝去、本当に残念です。ねじねじという独特のトレードマークや個性豊かな演技は、多くのファンに愛されていました。

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中尾彬さん死去 81歳 俳優、バラエティーで活躍「ねじねじ」トレードマーク 池波志乃とおしどり夫婦
スポニチアネックス5/22(水) 11:51配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/2f5c87aa38e1723383deec35e6614b7cc594231d

「アウトレイジビヨンド」や「翔んで埼玉」など硬軟問わずに俳優として存在感を示し、バラエティー番組でも活躍した中尾彬(なかお・あきら)さんが死去した。81歳。千葉県木更津市出身。死因は明らかになっていない。妻で女優の池波志乃(69)とはおしどり夫婦として知られた。

所属事務所が22日に正式発表する予定で、親しい仕事先の関係者には報告を始めている。

 中尾さんは近年〝終活〟に取り組んでいることを公言。世間にその大切さを説き夫婦で向き合ってきた。都内の自宅マンションを除いて、千葉県や沖縄県に所有していたアトリエなどを少しずつ売却。今年3月にはPR大使を務める故郷の木更津市に美術品のコレクションを寄贈。その際は元気な姿を見せ「絵を見飽きたわけではなく、終活しているため、これを木更津の人に見てもらった方がいいのではないかと思って寄付をした」と語っていた。

 高校卒業後の1961年に武蔵野美術大学油絵学科に入学。翌62年に日活ニューフェースの第5期に合格し、映画デビューを果たすが、画家の道を捨てきれずに大学を中退してフランスに留学したこともあった。帰国後の64年に劇団民藝に研究生として入団し、翌65年に中平康監督の「月曜日のユカ」で主演の加賀まりこのボーイフレンドを好演して注目を集めた。70年に日活と民藝を離れてフリーに転身。75年に「本陣殺人事件」で金田一耕助役で主役を張ったほか、東映「極道の妻たち」シリーズ、東宝「ゴジラ」シリーズ、伊丹十三監督の「ミンボーの女」、さらには「アウトレイジ ビヨンド」や「龍三と七人の子分たち」など北野武監督の作品に重用され、コワモテから気の良い親分まで変幻自在に演じ分けて貫録を示した。ドラマではテレビ朝日「暴れん坊将軍」の初代徳川宗春役やNHK土曜ドラマ「ハゲタカ」などで存在感を示した。

 おしゃれとしても知られ、マフラーやスカーフを首元からぐるぐる巻きにする〝ねじねじ〟がトレードマークだった。

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キダ・タローさんの訃報に驚いています。とても才能ある方で、作品を通じて多くの人々の心を打つことができました。

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「浪花のモーツァルト」として親しまれた作曲家でタレントのキダ・タローさんが14日、死去した。93歳。兵庫県出身。葬儀・告別式は近親者で行われた。所属事務所の公式サイトで発表された。

「最高顧問」として出演していた朝日放送「探偵!ナイトスクープ」には2カ月前に出演していた。

▽公式サイトの発表は以下の通り

弊社所属の作曲家 キダ・タロー先生が2024年5月14日逝去しました

生前のご厚誼に深謝し謹んでご報告申し上げます

葬儀告別式につきましては 故人の遺志により近親者のみで執り行いました

なお 誠に勝手ながら御香典 御供花 御供物につきましてはご辞退させていただきます

これまでお世話になった関係者の皆様 応援してくださったファンの皆様に

心より感謝 お礼申し上げます

これからもキダ・タロー先生の作品が皆様に愛され続けることを切に願います

株式会社ワイドウィンドウズ

代表取締役 篠原義彦(円 広志)
https://news.yahoo.co.jp/articles/7304318b35522c5276896806907a867707315125

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ラ・カンパネラを聴いたとき、彼女の技術と情熱に圧倒されました。素晴らしいピアニストであり、世界中のファンに愛される存在でした。

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テレビのドキュメンタリー番組で人気に火が付き、リストの難曲「ラ・カンパネラ」の演奏などで社会現象を巻き起こしたピアニストのフジコ・ヘミングさん(本名ゲオルギー・ヘミング・イングリット・フジコ)が4月21日、膵臓(すいぞう)がんで亡くなった。92歳だった。葬儀は近親者で営んだ。後日、お別れの会が開かれる予定。

スウェーデン人建築家の父と日本人ピアニストの母のもと、ベルリンで生まれた。東京で育ち、母の手ほどきでピアノを始めた。
東京芸大卒業後、ドイツに留学。欧州各地を移住しながら演奏家としてのキャリアを築くさなか、風邪をこじらせて聴力を失った。その後、左耳の聴力を一部回復し、95年に帰国した。

99年、波乱の人生を紹介したNHKの番組「フジコ~あるピアニストの軌跡~」が反響を呼び、同年8月に発売されたデビューアルバム「奇蹟(きせき)のカンパネラ」が、クラシック音楽のCDとしては異例の売り上げを記録した。

昨年まで世界各地で演奏活動を続けていたが、11月に自宅で転倒し、以降の公演をキャンセル。今年3月に膵臓がんと診断され、療養していた。(編集委員・吉田純子)
https://news.yahoo.co.jp/articles/302b97190728ba63c14af1b838d2e5b66647266c

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94歳という長寿だったんですね。日本のファッション界に多大な影響を与えた偉大なデザイナーでした。

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デザイナー 桂由美が死去、享年94:fashionsnap.com
https://www.fashionsnap.com/article/2024-04-30/katsurayumi-obituary/


2024.04.30 Tue. - 10:43 JST

 「ユミ カツラ(Yumi Katsura)」のクリエイティブディレクター 桂由美が、4月26日に死去した。享年94。

 桂は、1930年生まれ。1964年に日本人初のブライダルファッションデザイナーとして活動を開始し、1965年に日本初のブライダル専門店「ユミ カツラ」をオープンした。現在に至るまでパリやニューヨークなど世界各国30以上の都市でショーを行い「ブライダルの伝道師」とも称されるとともに、1965年には国内着用率が3%だったウェディングドレスの普及に大きく貢献。功績が認められ、1993年に外務大臣表彰、2019年に文化庁長官表彰、2023年には蚕糸功労者最高賞「恩賜賞」に選ばれた。

 ユミカツラインターナショナルは桂の訃報に際し、「桂由美氏は、誰よりも花嫁を美しくすることに寄り添い、日本のブライダル文化の発展を願い、そしてユミカツラを愛していました。1965年から今日までの60年間並々ならぬ情熱を捧げてこられた桂由美氏の意思を受け継ぎ、ユミカツラとして100年続く企業を目指します」とコメントしている。

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落馬負傷というのは騎手にとってつきもののリスクですが、やはりこんなに若くして亡くなるというのは悲しすぎます。

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関連スレッド

致命傷は、田口の騎乗馬が踏みつけたことか?吉村の騎乗馬が蹴飛ばしたことか?
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/keiba/1712798455/

【【訃報】6日に落馬、藤岡康太騎手が死去、35歳 】の続きを読む


曙太郎さんの闘病生活を知っていた方も多かったと思いますが、逝去されたとは本当に悲しいです。横綱としての功績を称えつつ、ご冥福をお祈りいたします。

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2024年4月11日、元横綱の曙太郎さんが、4月に心不全で亡くなったことが分かりました。
告別式は家族のみの密葬で行われるというこです。54歳でした。
曙太郎さんは7年前に北九州市で倒れて以来、闘病生活を続けていました。曙さんは、東京近郊の病院に入院していたということです。

アメリカ・ハワイ出身の曙さんは1993年に第64代横綱になり、人気を博しました。


■元横綱 来歴
曙太郎さんはアメリカ・ハワイオワフ島出身。
昭和六十三年三月場所で初土俵。
平成二年九月場所で新入幕となり、平成五年三月場所で新横綱となりました。平成十三年一月場所で引退。
2003年に大相撲協会を退職。同年にK-1出場を表明、その後も、K-1、総合格闘技などの試合に出場、プロレスラーとしても活躍しました。

https://news.line.me/detail/oa-fujitv-view/y7qwxp039gp5

【【訃報】元横綱の曙太郎さん、心不全で逝去 54歳】の続きを読む


坂巻哲也さんの死去に驚いています。いつも笑顔で技術も抜群だった彼の姿が想起されます。

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オリコン2024-04-08 14:01
https://www.oricon.co.jp/news/2321820/full/

フジテレビ系『B.C.ビューティー・コロシアム』で“美のプロフェッショナル”として出演した美容師の坂巻哲也さんが、3月29日に死去した。7日に坂巻さんが代表を務める美容院『apish』の公式サイトで訃報が伝えられた。

サイトでは「弊社 代表取締役社長 坂巻哲也がかねてより病気療養中でございましたが 去る3月29日スタッフに見守られながら安らかに永眠いたしました」と報告。「生前のご厚誼に感謝申し上げますとともに謹んでご通知申し上げます」と記した。

続けて「坂巻は生前 もう一度現場に戻ってお客様を担当させていただきたいと強く思っておりその思いを最後まで諦める事なく精一杯生き抜きました」と伝え「今後は坂巻の 意思 技術 を継承したスタッフがapishを守って参りますので変わらずのご愛顧を宜しくお願い申し上げます」とコメントした。

最後は「誠に大変恐縮ではございますがこの件につきまして お電話などでのお問い合わせは ご遠慮くださいますようお願い申し上げます」と伝えている。

坂巻さんは、1998年に『apish』設立。以降、次々に新店舗を展開。サロンワークのほか、独自の技術理論を用いて、全国各地でのセミナー、ヘアショー、テレビ、CM出演など幅広く活躍した。

■コメント全文
「敬愛するお客様および関係者の皆様へ」

弊社代表 坂巻 哲也に関するご報告

弊社 代表取締役社長 坂巻 哲也が
かねてより病気療養中でございましたが
去る3月29日
スタッフに見守られながら
安らかに永眠いたしました

生前のご厚誼に感謝申し上げますとともに
謹んでご通知申し上げます

坂巻は生前
もう一度現場に戻って
お客様を担当させていただきたいと
強く思っており
その思いを最後まで諦める事なく
精一杯生き抜きました

今後は坂巻の 意思 技術 を継承した
スタッフがapishを守って参りますので
変わらずのご愛顧を宜しくお願い申し上げます

誠に大変恐縮ではございますが
この件につきまして
お電話などでのお問い合わせは
ご遠慮くださいますよう
お願い申し上げます

株式会社アピッシュ


(出典 contents.oricon.co.jp)

【【訃報】カリスマ美容師、坂巻哲也さん死去(63歳)】の続きを読む


福島孝徳さんのご逝去に深い哀悼の意を捧げます。数多くの患者さんの命を救い、多くの人々に希望を与えてくれた素晴らしい医師でした。

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2024-03-23 14:38ORICON NEWS

 “ゴッドハンド”“天才脳外科医”と呼ばれた医師の福島孝徳さんが死去した。81歳。公式サイトで発表された。

 公式サイトによると福島さんは、脳神経外科医として歩み始めた1970年代から臨床の現場にこだわり、独自の視点から低侵襲・最新の手術を手技を考案し、驚異的なペースで手術を行ってきた。
患者に負担をかけずに、合併症のないきれいな手術による一発全治をはたすか、というのが、福島さんの一貫した医療に対する姿勢だった。

https://www.oricon.co.jp/news/2319722/full/
続き
(最終更新:2024-03-23 14:54)

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56歳という若さでのご逝去、本当に残念です。長田奈麻さんの存在は大きかったです。

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https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2024/03/19/kiji/20240319s00041000552000c.html
2024年3月19日 18:18

女優の長田奈麻さんが14日に亡くなったことが19日、分かった。所属の劇団「ナイロン100℃」が発表した。56歳だった。死因などは明らかにしていない。

ナイロン100℃は公式サイトで「かねてより病気療養中でしたナイロン100℃所属 長田奈麻が去る令和6年3月14日56歳にて永眠いたしました」と長田さんの死去を報告した。
中略

ナイロン100℃の主宰で、大半の作品で劇作・演出を手がけるケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)氏は自身のX(旧ツイッター)にて「闘病の末、長田奈麻が逝ってしまいました。90年代頭に劇団健康に参加以来、幾多の舞台で独自の魅力を発揮してくれました。在団中の仲間を失くすのは初の経験で喪失感は大きいですが、稽古中にも『私のことより芝居を成功させてくれ』と叱咤されました。長田に報いるためにもナイロン100℃は続きます」と思いを記した。

長田さんは東京都出身。ナイロン100℃に所属し、これまで舞台を中心にCM、映画で振付家としても活躍。また、「劇団かもめんたる」に2018年第6回公演から2022年まで劇団員として活動。ナイロン100℃の多くの作品に出演したほか、客演などでも多くの舞台作品に出演していた。

全文はソースをご覧ください


(出典 newsatcl-pctr.c.yimg.jp)

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いのまたむつみ先生のご逝去には本当に驚きと悲しみを覆い隠せません。彼女の作品は、多くの人々に愛されてきたものであり、その才能と情熱は永遠に忘れられないものでしょう。

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いのまたむつみ先生のご逝去に際して

いのまたむつみ先生のご逝去の報に接し、誠に残念でなりません。

謹んでお悔やみを申し上げます。

弊社といのまた先生とは1980年代から長く深くお付き合いをさせていただきました。
「風の大陸」「宇宙皇子(うつのみこ)」月刊ニュータイプでの版権イラストなどの様々なタイトルやシリーズを通じて、大変素敵なイラストを数多くご提供いただきました。誠に感謝しております。

先生のご冥福を心よりお祈り申し上げるとともに、深く哀悼の意をささげます。




株式会社KADOKAWA
ファンタジア文庫・ドラゴンマガジン編集部
文芸局
ニュータイプ編集部

https://www.kadokawa.co.jp/topics/11495/

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篠塚建次郎さんの逝去に深い哀悼の意を表します。彼の功績は日本のモータースポーツ界に多大な影響を与えました。

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読売新聞2024/03/18 14:00
https://www.yomiuri.co.jp/sports/etc/20240318-OYT1T50118/

自動車のパリ・ダカール・ラリー(パリダカ)で1997年に日本人初の総合優勝を達成した世界的ラリードライバー、篠塚建次郎(しのづか・けんじろう)さんが18日午前、 膵臓すいぞう がんのため、長野県諏訪市の病院で死去した。75歳だった。

東京都出身。71年に三菱自動車に入社し、営業マンや整備工の傍らラリー競技を行った。86年からパリダカに参戦し、87年に総合3位。搭乗マシンのパジェロとともに人気を集め、参戦12年目の97年に日本人初の総合優勝を果たした。世界ラリー選手権(WRC)では、91年のアイボリーコーストラリーで日本人初の優勝。翌年連覇を果たした。

2007年までパリダカに参戦を続け、その後も母校の東海大でソーラーカーレースに出場するなど、長年にわたり日本を代表するドライバーとして活躍。モータースポーツ界を先導した。22年に日本自動車殿堂入り。義弟は俳優の三浦友和さん。

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